「片頭痛を知る」 第11話
片頭痛の病態生理
ここまでのまとめ
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)
ここまでの連載では、
片頭痛を「単なる頭痛」としてではなく、
脳全体のネットワークの揺らぎとして捉えてきました。
私は片頭痛を、
視床下部を起点とした
脳全体の興奮性の変動が、
最終的に三叉神経血管系へ収束して、
発作として現れる疾患
として理解しています。
つまり片頭痛とは、
単なる“頭の痛み”ではないのです。
脳の複数の回路が連動し、
そのバランスの変化が
ある条件を超えたときに、
はじめて“発作”として
表面化する病態なのです。

1.発作は「頭痛が始まる前」から始まっている
片頭痛発作は、
ズキズキとした痛みが出現した瞬間に
始まるわけではありません。
国際頭痛分類(ICHD-3)でも、
前駆症状として次のような変化が知られています。
- だるさ
- あくび
- 甘いものが欲しくなる
- 首や肩の違和感
これらは偶然の体調変化ではなく、
視床下部を中心とした
「発作生成ネットワーク」
の活動変化として理解できます。
視床下部、脳幹のモノアミン系、
自律神経系が微妙に変調し、
皮質や三叉神経系を
“興奮しやすい状態”へ傾けていく。
つまり発作は、
痛みとして現れるかなり前から、
静かに準備されているのです。

2.CSDと「前兆のある片頭痛・ない片頭痛」
一部の片頭痛発作では、
皮質拡延性抑制(CSD:cortical spreading depression)
が起こります。
この現象が後頭葉に広がれば「視覚性前兆」、
体性感覚野なら「しびれ」、
言語野なら「言葉の出にくさ」として現れます。
これが、いわゆる「前兆(aura)」です。
ただし、CSDは「ある・ない」で
単純に分けられる現象ではありません。
広がる部位や規模、伝播の程度によっては、
症状として明確に表れない
“subclinical CSD(症候性でないCSD)”
も存在すると考えられています。
そのため、
前兆のない片頭痛(migraine without aura)は、
- CSDがまったく起きていない
というよりも、
- CSDが症状として可視化されなかった
- あるいはCSDを経ずに三叉神経系が先行して活性化した
発作として理解するほうが、
現在の知見とは整合的です。

3.CSDから三叉神経血管系へ
CSDが起こると、
皮質周囲の環境は大きく変化します。
カリウム、グルタミン酸、
ATP、NO(一酸化窒素)などが増加し、
髄液(CSF)や髄膜周囲の
化学環境が変化します。
この変化は、
三叉神経の構造的に防御が弱い部位を介して
一次ニューロンを刺激しうる
と考えられています。
さらに、
反跳性の血流増加や血管拡張が起こることで、
硬膜血管周囲の三叉神経終末が刺激され、
CGRPが放出されます。
ここから、
いわゆる「神経原性炎症」と痛みの
増幅回路が始まります。
4.三叉神経頚髄複合体(TCC)と片頭痛の「3つの顔」

三叉神経からの入力は、
三叉神経頚髄複合体(TCC)へ収束します。
ここで二次ニューロンの興奮や中枢感作が進み、
片頭痛の症状が形成されていきます。
ただし、
どのレイヤーが前面に出るかによって、
患者さまが感じる症状は大きく変わります。
① 拍動型
CGRPによる硬膜血管拡張と、
心拍同期の機械刺激が前景に出るタイプです。
ズキズキと脈打つ痛み、動作での悪化、
悪心、光・音過敏などを伴う、
典型的な片頭痛像です。
② 締め付け型
TCCの中枢感作が主体となるタイプです。
持続的な圧迫感や
締め付け感が前景に立ち、
一見すると緊張型頭痛に似ています。
しかし、
- 動作で悪化する
- 光・音過敏を伴う
- 前駆症状がある
- 家族歴がある
といった特徴を伴う場合、
それは「片頭痛スペクトラム上の表現型」
と考えるほうが自然です。
③ 前庭型
TCCと前庭核との連結が前景に出るタイプです。
回転感、浮遊感、動揺感
といっためまい症状が主体で、
頭痛自体は軽い、
あるいは目立たないこともあります。
しかし本質的には、
三叉–前庭ネットワークの中枢性過敏という
同じ病態の上にあります。
5.感覚ネットワークと「発作閾値」
視床下部、視床、脳幹(PAG・RVM)、辺縁系、感覚皮質。
これらを結ぶネットワークの状態によって、
光・音・匂いなどの刺激が
「不快な刺激」から「痛みを増幅する刺激」へ
変換されます。
いわば
sensory gating(感覚入力のフィルタリング)の破綻です。
片頭痛発作は、
- 視床下部活動
- 皮質興奮性
- 三叉神経系の感作
これらが積み重なり、
その人固有の「発作閾値」
(発作が起こるボーダーライン)
を超えたときに成立します。
睡眠不足、ストレス、ホルモン変動、気圧変化、感覚過負荷。
これらは単なる“きっかけ”ではありません。
閾値に対して少しずつ加算される
「足し算の要素」
として働いているのです。

6.このモデルから見える治療戦略
この回路モデルで考えると、
片頭痛治療の意味も整理しやすくなります。
予防薬は、
- 視床下部
- 皮質
- 三叉神経系
それぞれの興奮性を下げることで、
CSDやTCC感作を起こりにくくし、
「発作閾値そのもの」を引き上げる治療です。
一方、急性期治療は、
- CSD直後
- 三叉神経活性化の初期
- CGRPによる増幅段階
そのどの段階を、どれだけ早く抑え込むか
という戦略になります。
さらに、
- 拍動型
- 締め付け型
- 前庭型
といった表現型ごとに、
どのレイヤーが優位なのかを見極めることで、
より合理的な個別化治療が可能になります。

おわりに
片頭痛は、
一つの顔だけを持つ病気ではありません。
しかし、
脳の回路ネットワークという視点で捉えると、
一見ばらばらに見えていた症状や経過が、
一つの流れとして理解できるようになります。
次回からは、この病態モデルを踏まえながら、
「なぜその薬を選ぶのか」
という、より具体的な治療戦略の話に入っていきます。
病態を理解することは、
治療の選択を明確にすることにつながります。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第11話 片頭痛の病態生理 完
