シリーズ『片頭痛を知る』 第19話
片頭痛と付き合うということ
消すのではなく
コントロールする病気
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

片頭痛は、
「完全に消して終わる病気」
というより、
脳の状態を理解しながら、
うまく付き合っていく病気です。
シリーズ「片頭痛を知る」では、
前兆、CSD、三叉神経、CGRP、
視床下部、前庭系、閾値と片頭痛の背景にある
“脳のネットワーク”について見てきました。
片頭痛は単なる「頭痛」ではなく、
脳全体の調整システムが
一時的に不安定になることで起こる
反復性の神経疾患です。
だからこそ大切なのは、
「なぜ起きるのか」
を知り、そのうえで、
「どうコントロールしていくか」
を考えることです1,2,6)。
最終話となる今回は、
片頭痛と長く付き合っていくための
考え方について整理していきます。
①片頭痛の「閾値」から見た生活

片頭痛発作は、
脳がある一線の“閾値(しきいち)”を
超えたときに起こる現象と考えられています。
その背景には、
- 視床下部の活動状態
- 大脳皮質の興奮性(CSDの起こりやすさ)
- 三叉神経やTCCの感作
- 前庭系や感覚ネットワークの過敏性
といった複数の要素があります6)。
これらが少しずつ積み重った「合計」が、
その人固有の「発作の閾値」を超えたとき、
片頭痛発作が成立します。
つまり
片頭痛は、
“突然理由なく起きる”のではなく、
脳の状態が少しずつ発作側へ傾いた
結果として起きている
のです。
そして重要なのは、
この閾値は固定されたものではない
という点です。
薬による予防治療は、
- CSDを起こしにくくする
- CGRPループを抑える
- 三叉神経系の過敏性を下げる
- 前庭ネットワークの暴走を抑える
ことで、発作の起こりにくい状態へ近づけます。
一方で、生活習慣は、
- 視床下部
- 自律神経
- ホルモンバランス
- 体内時計
に作用し、別の方向から閾値を押し上げます。
つまり片頭痛のコントロールは、
「薬だけ」でも「生活改善だけ」でもなく、
両方を重ね合わせることで、
発作に振り回されにくい脳に近づいていきます1,2,6)。
②睡眠 〜視床下部を整えるもっとも重要な習慣〜

視床下部は、
睡眠・覚醒リズムを司る中心的な場所です。
そのため、睡眠の乱れは
片頭痛と非常に強く関係しています1,2,5,6)。
実際に、
- 慢性的な睡眠不足
- 寝すぎ
- 夜更かし
- 不規則な生活
- 休日だけ大きくずれる睡眠
などによって、
発作頻度が増える方は少なくありません。
また、発作の前日や前々日から、
「なんとなく眠い」「寝つきが悪い」
といった変化が起きていることもあります。
これは、発作が始まる前から
視床下部の状態が揺れている
可能性を示しています2,5,6)。
大切なのは、
単純に“長く寝ること”ではありません。
むしろ重要なのは、
- 毎日ほぼ同じ時間に寝る
- 毎日ほぼ同じ時間に起きる
という“リズムの安定”です。
例えば、
- 就寝・起床時刻のズレを1時間以内にする
- 週末の寝だめを避ける
- 就寝前はスマホや強い光を減らす
- 夜更かしを常態化させない
といったことは、
視床下部の揺れを小さくし、
片頭痛の閾値を上げる具体的な方法になります1,2,5)。
③運動 〜脳の「耐性」を育てる〜

片頭痛予防では、
適度な有酸素運動にも
一定の効果があることが分かっています3,4)。
特に、
- 速歩
- 軽いジョギング
- サイクリング
- 水泳
などの中等度運動を、
週3回、30~40分程度継続することで、
発作頻度が減少したという報告があります4)。
運動は単なる体力づくりではありません。
- 視床下部と自律神経のバランスを整える
- ストレス反応を安定させる
- 睡眠の質を改善する
- 脳の興奮性を間接的に下げる
ことで、
“刺激に振り回されにくい脳”
を作っていきます。
もちろん、
発作中の無理な運動は
逆効果になることもあります。
しかし、発作のない時期に
少しずつ運動習慣を作ることは、
薬と並ぶ予防の柱の一つになり得ます1,3,4)。
「薬が効かないから運動する」
のではなく、
“脳の耐性を育てる治療”
として考えると分かりやすいかもしれません。
④感覚過負荷 〜脳のバッファを使い切らない〜

片頭痛の人は、
光・音・匂い・情報などの
刺激に対して敏感な傾向があります。
これは単なる「気のせい」ではなく、
脳の感覚処理ネットワークが
過敏になりやすいことと関係しています2,5,6)。
例えば、
- 長時間の画面作業
- 強い照明
- 騒音環境
- 人混み
- 情報量の多い状況
などが続くと、
脳の“感覚バッファ”が
少しずつ埋まっていきます。
その状態が続くと、
視床下部や辺縁系の処理能力が限界に近づき、
CSDや三叉神経系が起動しやすくなります。
そのため、
- 1時間ごとに画面から目を離す
- 強い光ではサングラスを使う
- ノイズキャンセリングや耳栓を活用する
- 疲れ切る前に休憩を入れる
- 「もう少し頑張れる」の前で止まる
といった工夫は、
実際に発作予防につながります1,2,5,6)。
片頭痛では、
「限界まで我慢する」より、
“脳の余白を残しておく”ことが大切なのです。
⑤生活リズム 〜視床下部の波を小さくする〜

視床下部は、
- 光
- 睡眠
- 食事
- 活動量
- ストレス
など、多くの情報を
同時に受け取りながら働いています5,6)。
そのため、
- シフト勤務
- 徹夜
- 食事時間の乱れ
- 極端な生活変化
などは、片頭痛と強く関係します1,2,5)。
生活リズムが大きく揺れると、
- 自律神経
- ホルモン分泌
- 体温リズム
- 睡眠リズム
も乱れ、
発作の閾値が日によって不安定になります。
もちろん、完璧な生活を続けることは
現実的ではありません。
大切なのは、
“毎日の波を少し小さくする”ことです。
例えば、
- 起床時間を極端に変えない
- 食事時間を大きく崩さない
- 疲労を溜め込みすぎない
- 生活の急激な変化を減らす
といった積み重ねが、
結果として視床下部の安定に
つながっていきます1,2,5,6)。
⑥片頭痛は「コントロールしていく病気」

片頭痛は、
完全にゼロにすることが難しい場合もあります。
しかし多くの方で、
- 発作回数を減らす
- 痛みを軽くする
- 回復を早くする
- 発作への不安を減らす
- 日常生活を取り戻す
ことは十分可能です1,2)。
そのためには、
- 自分の発作パターンを知る
- 病態に合った薬を選ぶ
- 発作初期に適切に対処する
- 生活リズムを整える
- 無理を続けすぎない
といった調整を少しずつ積み重ねていくことが大切です1,2,6)。
片頭痛は、
性格の弱さでも、努力不足でもありません。
脳のネットワークに、
“揺れやすい体質”があるだけです。
そして、その揺れ方を理解することで、
必要以上に自分を責めなくてよくなります。
薬を使うことも、
休むことも、
環境を調整することも、
すべて「脳を守るための戦略」です1,2,6)。
もし今、うまくコントロールできていないとしても、
- 薬の種類
- 使用タイミング
- 睡眠
- 生活リズム
- 感覚負荷
など、見直す余地は必ずあります。
一人で抱え込まず、
専門医と一緒に調整していくことが大切です。
おわりに

片頭痛は、
外からは見えにくい病気です。
「ただの頭痛」と思われたり
自分自身でもうまく説明できなかったり
することもあります。
それでも、この連載で見てきたように、
片頭痛には、そうなる脳の仕組みがあります1,6)。
前兆が起こる理由。
光や音がつらくなる理由。
天候や睡眠の影響を受ける理由。
薬が効く理由。
効かない理由。
それらは決して
“気のせい”ではありません1,2,6)。
自分の脳で
何が起きているのかを知ることは、
片頭痛に振り回されないための
第一歩になります。
そして、
片頭痛を理解することは、
「我慢すること」ではなく、
自分の脳とうまく付き合っていく方法を
見つけていくことでもあります。
長く片頭痛に悩んできた方が、
少しでも安心して日常を取り戻していく。
そのための小さな道標として、
この連載が役立てば幸いです。
参考文献
- 日本神経学会, 日本頭痛学会, 日本神経治療学会 監修. 「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会 編. 頭痛の診療ガイドライン 2021. 東京: 医学書院; 2021.
- Buse DC, Greisman JD, Baigi K, Lipton RB. Migraine progression: A systematic review. Headache. 2019;59(3):306-338.
- Rist PM, Buring JE, Kurth T. Physical activity and migraine risk: A prospective cohort study. Neurology. 2011;77(4):419-426.
- Varkey E, Cider Å, Carlsson J, Linde M. Exercise as migraine prophylaxis: A randomized study using relaxation and topiramate as controls. Cephalalgia. 2011;31(14):1428-1438.
- Vetvik KG, MacGregor EA. Sex differences in the epidemiology, clinical features, and pathophysiology of migraine. Lancet Neurol. 2017;16(1):76-87.
- Khan J, Asoom LIA, Sunni AA, Rafique N, Latif R, Saif SA, et al. Genetics, pathophysiology, diagnosis, treatment, management, and prevention of migraine. Biomed Pharmacother. 2021;139:111557.
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第19話 片頭痛と付き合うということ 完
