片頭痛を知る 第6話
CSDから三叉神経・CGRPへ
痛みはどこから、どう始まるのか
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

前話では、前兆(aura)の正体として
皮質拡延性抑制(CSD:cortical spreading depression)
を見てきました。
そして、CSDが三叉神経を刺激し、
「痛みのスイッチが入る」
ところまでを確認しました。
では、そのあと何が起こると、
あのズキズキとした片頭痛が
実際に生まれるのでしょうか。
ここからは、
CSDの先にある「痛みの本体」
を見ていきます。

片頭痛を紐解く
「三叉神経の物語」
片頭痛は、単発の出来事ではなく、
三叉神経の異常興奮が連続するスペクトラム
として捉えることができます。
→ 前駆症状
→ 前兆
→ 頭痛期
→ ポストドローム
これらは個々が独立したものではなく、
境界線が曖昧なグラデーションのように
連続して移行していきます。
三叉神経への刺激にフォーカスすると、
→ 刺激が準備され、
→引き金が引かれ、
→ 増幅されて頂点に達し、
→ 余韻として残る
ひとつながりのプロセスなのです。

第1段階:前駆症状 ―「準備の段階」―
この段階では、
- 視床下部(hypothalamus)
- 脳幹
といった発作生成ネットワークの活動が変化します。
症状としては、
- 首や肩のこり
- なんとなくの感覚過敏
- 倦怠感や集中力低下
などが現れます。
この時点ではまだ強い痛みはありませんが、
三叉神経にはすでに
低レベルの刺激が持続的に加わり、
血管周辺では感作(sensitization)
が進行しています。
いわば、
火薬庫に少しずつ
火薬が詰められていく段階です。
第2段階:前兆 ―「トリガー」―
前兆期では、脳の表面で
皮質拡延性抑制(CSD)が起こります。
このとき、神経細胞からは
- カリウムイオン(K⁺)
- グルタミン酸
- ATP
- 一酸化窒素(NO)
などの神経を活性化させる物質が
一斉に放出されます。
三叉神経が刺激される「2つのルート」
① 間接ルート(硬膜経由)
CSDは、脳の表面で起きる現象ですが、
その影響は「脳の中」だけにとどまりません。
放出された物質が
脳脊髄液(CSF)に入り込み、
脳の外側へと広がっていくからです。
CSFを通って拡散した物質は、
- くも膜顆粒
- 髄膜リンパ系
などを経由して、
脳を包む膜である硬膜に伝わり、
そこにある血管周囲の
三叉神経の末端を刺激します。
つまり、
脳 → 髄液 → 硬膜 → 三叉神経
という流れです。
これは、
「脳の変化が外側から神経を刺激する経路」であり、
間接ルートと呼ばれます。
② 直接ルート(CSF→神経)
一方で、
より直接的な経路も考えられています。
CSDによって放出された物質は
CSF中を拡散し、
三叉神経節の近くにある
髄鞘による保護が比較的弱い神経軸索
に入り込み、
神経細胞そのものを直接刺激します。
つまり、
脳 → 髄液 → 神経に直接作用
という流れです。
これが直接ルートです。
このように2つのルートから刺激を受けた三叉神経は、
「本格的に動き出す状態」=起動状態
に入ります。
「前兆」とは何か
前兆とは単なる「予告」ではなく、
脳で起きた変化が、
痛みの神経へと伝わり始めたサイン
になります。
つまり前兆は、
「頭痛のスイッチが入る瞬間」
そのものなのです。

第3段階:頭痛期 ―「痛みが生まれる段階」―
三叉神経の興奮は、
三叉神経頚髄複合体(TCC:trigeminocervical complex)
へと伝わります。
ここでは、
- 神経の興奮が持続
- 中枢感作(central sensitization)の進行
が起こります。
さらに、三叉神経の末端から
CGRP(calcitonin gene-related peptide)
が放出され、
- 血管拡張
- 炎症の増幅
- 神経の興奮促進
という作用により、
痛みを増幅するループが形成されます。
この段階で初めて、
- 拍動性の頭痛
- 動くと悪化する痛み
- 光・音への過敏
といった典型的な症状が現れます。

第4段階:ポストドローム ―「回復と余韻」―
痛みが落ち着いたあとも、
- 頭の重さ
- 強い疲労感
- 思考の鈍さ
といった症状が残ることがあります。
これは三叉神経系の過活動により
視床下部や前頭前野などの
中枢感作の影響が続いている状態で、
ポストドローム(postdrome)
と呼ばれます。
患者さまによっては
「頭痛の二日酔い」
と表現される方もいらっしゃるほど、
頭痛の余韻が続きます。
片頭痛は「流れ」で理解する
片頭痛は、
→視床下部による準備
→ CSDによるトリガー
→ 三叉神経・CGRPによる痛みの増幅
→ 中枢感作の余韻
という連続した流れです。
重要なのは、
どこか一つだけを見ても
全体は理解できない
という点です。
治療は「どの段階を狙うか」で変わります
この「流れ」を理解すると、
治療の意味が明確になります。
予防療法→「準備段階」を抑える
急性期治療→「起動直後」を止める
CGRP関連薬→「増幅回路」を断つ
頭痛日誌で発作の流れを追うことは、
三叉神経興奮のどの段階を狙うかを
決めるための羅針盤
になります。
次に見えてくる疑問
ここまでで、
CSD → 三叉神経 → CGRP → 痛み
という流れは一本につながりました。
しかし、まだ核心の疑問が残ります。
- なぜ同じようにCSDが起きても、強い痛みになる人とならない人がいるのか
- なぜ前兆のない片頭痛が多いのか
つまり、
三叉神経は、なぜ「過敏」になるのか?
次話では、
- 三叉神経の感受性を高める条件
- CGRP治療が実際に「どこを断ち切っているのか」
を掘り下げていきます。
片頭痛の“痛みの核心”に、もう一歩近づきます。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第6話 CSDから三叉神経・CGRPへ 完
