片頭痛を知る 第5話
前兆から「痛み」へ
脳の中で何が起きているのか
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

前兆(aura)は、
視界の異常やしびれなどを伴う不快な症状であり、
不安を感じる方も多いと思います。
ただし、片頭痛の流れの中では、
まだ「痛み」そのものではありません。
それでもこの段階は、単なる前触れではなく、
頭痛が始まる準備がすでに進んでいる状態です。
その鍵を握っているのが、
皮質拡延性抑制(CSD:cortical spreading depression)と
三叉神経(さんさしんけい/trigeminovascular system)
の関係です。
“脳の表面の現象”であるCSDから
痛みにつながる終着点・三叉神経へ
CSDとは、
大脳皮質(脳の表面)をゆっくり広がっていく
神経の活動低下の波(脱分極の伝播)のことです。
これが視覚に関わる場所で起これば
「キラキラした光が見える(閃輝暗点)」として、
感覚の場所で起これば
「しびれ」として感じられます。
つまり、CSDが「前兆(aura)」の原因です。
ここで大切なのは、
CSDは単に「症状を生む波」ではなく、
三叉神経系を起動させるための
強力なトリガーとして
“頭痛を引き起こすスイッチ”
の役割を持っている
という点です。
では、頭痛はどのように引き起こされるのか…。
その経路は2つあります。

経路①:CSDが三叉神経を直接刺激する
CSDが起こると、
脳の周囲の環境(脳脊髄液:CSF)が大きく変化します。
具体的には、(Panx1チャネルなどを介して)
- 高濃度カリウムイオン(K⁺)
- ATP(細胞のエネルギー物質)
- CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)
といった物質が脳脊髄液(CSF)中に放出されます。
ここで注目したいのが、
三叉神経の一部は、
これらの影響を直接受けやすい構造をしている※
という点です。
※三叉神経の中枢寄りの一部は、他の神経と異なり髄鞘(ずいしょう:神経細胞の軸索を覆う脂質主体の膜構造<絶縁体>)で完全に保護されておらず、軸索がCSFに直接さらされている「むき出しの領域」を持っています。
このため、CSDによって変化した脳脊髄液(CSF)が
三叉神経のこの領域に直撃すると、
- 神経が一気に興奮する(脱分極)
- 痛みの信号が急に入り始める
といった変化が起こります。
これは、三叉神経一次ニューロンを
爆発的興奮状態へ押し上げる作用で、
ゆっくり強くなるというより、
スイッチが入るように一気に始まる反応
と考えられています。

経路②:血管と炎症による「あとからくる刺激」
CSDのあと、脳の血流は
一度下がったあとに増加します。
この変化は、
頭の外側にある血管(硬膜の血管)にも影響します。
その結果、
- 血管が拡張することによる刺激
- CGRPやSubstance Pによる炎症(神経原性炎症)
が重なり、三叉神経はさらに刺激され続けます。
つまり、最初の刺激に加えて、
後からじわじわ効いてくる刺激が重なる状態
になります。

時間差の二段攻撃が
「前兆→頭痛」を完成させる
頭痛への流れは、時間差で進みます。
「すぐの刺激」
→ 数分以内:CSDによる直接刺激
「遅れてくる刺激」
→ 数十分後:血管と炎症による持続刺激
この2つが重なることで、
前兆が終わり、ズキズキする頭痛が始まります。
そのため前兆は、
単なる前触れではなく、
すでに頭痛起こす装置がすでに作動している状態
といえます。
ここから全体を見ると
この段階になると、三叉神経は、
単に刺激を受けるだけではなく、
発作全体に関わる中心的な役割
を担うようになります。
次章では、
前駆症状(なんとなくの不調)
→ 前兆(CSD)
→ 頭痛(神経の興奮)
→ 回復期(ポストドローム)
という一連の流れを、
「三叉神経興奮の連続スペクトラム」という
ひとつながりの現象として整理していきます。
片頭痛は、突然起こるものではなく、
少しずつ準備され、始まり、強まり、
そして余韻を残して終わる、
ひと続きのストーリーなのです。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第5話 前兆から「痛み」へ 完
