片頭痛を知る 第10話
ポストドローム期
「片頭痛の二日酔い」を科学す
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

片頭痛は、
「痛みが治まったら終わり」
という病気ではありません。
強い痛みが消えたあとも、
- なんとなくだるい
- 頭がぼんやりする
- 集中できない
- いつもの自分に戻れない
そんな状態が続くことがあります。
これは「気のせい」でも
「疲れが残っているだけ」でもありません。
片頭痛発作の最後に訪れる、
ポストドローム期
と呼ばれる重要なフェーズなのです。
患者さまの中には、
「頭痛は終わったのに、二日酔いみたい」
と表現される方も少なくありません。
実はこの“頭痛後の不調”こそ、
片頭痛が単なる痛みの病気ではなく、
脳全体のネットワークの変調
として起きていることを示しています。
ポストドローム期とは?
片頭痛発作は、
一般的に次のような流れで進行します。
前駆期 →(前兆期)→ 頭痛期 → ポストドローム期
ポストドローム期は、
頭痛が軽くなったあとに続く
数時間~数日間の「回復フェーズ」です。
激しい拍動痛は落ち着いているものの、
脳はまだ完全には元の状態へ戻っていません。
そのため、
- 仕事や勉強に集中できない
- 判断力が落ちる
- 身体が重い
- 音や光がまだ少しつらい
といった症状が残ることがあります。
頭痛そのものに注目していると
見落とされやすいフェーズですが、
患者さまにとっては
「発作が完全に終わっていない」
と感じる非常に重要な時間です。

どんな症状が起きるのか
ポストドローム期の症状は、
人によってかなり異なります。
よくみられるのは、次のような症状です。

全身症状・精神面
- 強い倦怠感
- ブレインフォグ(頭に霧がかかった感じ)
- 集中力低下
- 思考の鈍さ
- 気分の落ち込みやイライラ
頭や身体の違和感
- 鈍い頭痛
- 頭重感
- 首や肩のこわばり
- 軽い感覚過敏
- 食欲低下
- 吐き気などの消化器症状
こうした症状は、
患者さま自身もうまく言葉にできないことがあります。
そのため診察では、
「頭痛が終わったあとに何か残りますか?」
という質問がとても大切になります。
なぜ“二日酔い状態”になるのか
① 炎症の“残り火”
頭痛期には、
三叉神経からCGRPなどの物質が放出され、
神経の周囲に炎症反応が起きています。
頭痛が落ち着いたあとも、
- 三叉神経系の過敏性
- 軽度の炎症状態
が完全には消えていない可能性があります。
そのため、
- 鈍い頭重感
- 首の張り
- 軽い痛み
などが残ることがあります。
実際、こうした症状には
NSAIDs(鎮痛薬)が効く場合があります。
ただし…
ポストドローム期の中心症状である
「だるさ」や「頭が働かない感じ」は、
炎症だけでは説明しきれません。

② 嵐の後の“脳内ネットワーク再起動”
近年、片頭痛は単なる血管の病気ではなく、
脳全体の神経ネットワークが
一時的に不安定化する病態
として理解されるようになってきました。
発作中、脳では大きな変化が起きています。
- 前駆期:視床下部の変調
- 頭痛期:三叉神経系の活性化
- 感覚過敏の拡大
- 中枢性感作の進行
いわば、脳が「嵐」のような状態を
経験しているのです。
そして、ポストドローム期は、
「その嵐のあとに脳が元の安定した状態へ
戻ろうとしている時間」
と考えるとわかりやすいでしょう。
この時期には、
- 視床下部の働きがまだ不安定
- 疼痛抑制システムが完全に回復していない
- 感覚ネットワークの過敏性が残っている
といった状態が続いている可能性があります。
その結果として、
- 疲労感
- 認知機能低下
- 頭重感
- 自律神経症状
がまとめて現れるのです。
NSAIDsはどこまで効くのか

臨床的には、
- 鈍い残存痛
- 首や肩の痛み
にはNSAIDsが有効なことがあります。
一方で、
- 倦怠感
- ブレインフォグ
- 集中力低下
は改善しにくいことも少なくありません。
これは、
NSAIDsが「炎症の余韻」には作用できても、
脳のネットワーク全体の回復そのものを
早めるわけではないためと考えられています。
つまりポストドローム期は、
- 神経原性炎症の余韻
- 脳ネットワークの再調整
- 自律神経や内分泌の揺らぎ
が重なって起きる複合的な状態なのです。
ポストドローム期を理解する意味
片頭痛診療では、
「頭痛が何日あったか」
に注目されがちです。
しかし実際には、
「発作が終わってから回復するまで何日かかるか」
も非常に重要です。
ポストドローム期を意識すると、
診療の質は大きく変わります。
たとえば、
- 頭痛後の症状まで問診する
- 回復期間を含めて生活調整を考える
- 無理な予定を詰め込みすぎない
といった具体的な支援につながります。
患者さまには、次のように説明できます。
「頭痛が終わっても、脳はまだ回復途中です。」
これは怠けでも気合い不足でもなく、
片頭痛という病気の一部なのです。

片頭痛ストーリーのまとめ
ここまで見てきたように、片頭痛は、
- 前駆期から始まり
- 感覚過敏を伴い
- 三叉神経系が活性化し
- そしてポストドローム期へ至る
一連の脳内神経ネットワークの
“ゆらぎ”として起きています。
「痛み」だけを見ると、
この病気の本質は見えてきません。
発作の始まりから終わりまでを理解することが、
片頭痛治療を考えるうえで重要になります。
この不安定化した神経ネットワークを
どのように安定化させるのか…。
ここからは治療の話に進んでいきます。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第10話 ポストドローム期 完
