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シリーズ「片頭痛を知る」

前兆のない片頭痛はなぜ起こるのか

シリーズ『片頭痛を知る』 第7話

前兆のない片頭痛はなぜ起こるのか

“見えないCSD”と三叉神経の早期起動という視点

【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

前兆のない片頭痛(migraine without aura)は、
片頭痛の中でも最も多くみられるタイプです。

しかしその仕組みを
「CSDが起きていない頭痛」
と単純に考えるのは、
現在では適切ではないとされています4,5,6)

近年の神経生理学・画像研究から見えてきたのは、
前兆の有無はCSDの“有無”ではなく、
CSDの「起こる場所・規模・時間」の違い
による可能性です。

私たちが前兆として自覚する症状は、主に

  • 視覚野(光がチカチカする)
  • 感覚野(しびれ)
  • 言語関連領域(言葉が出にくい)

といった、
「症状として表れやすい領域」で
CSDが起きた場合に限られます。

一方で、

  • 前頭前野
  • 島皮質
  • 辺縁系に近い領域

などで起きたCSDは、
症状として認識されないまま
進行する可能性があります。

つまり前兆のない片頭痛は、

CSDが起きていないのではなく、
“自覚されない形で起きている”
可能性がある

と考えられています4,5,6)

CSDは常に同じ強さ・広がりで
起こるわけではありません。

動物実験などでは、
CSDの振幅や持続時間、
皮質内に広がる範囲には連続性があり、
すべてが明確な神経症状を生むわけではない
ことが示されています。

人の場合でも

  • 伝播距離が短い(小さく短く終わる)
  • 深層皮質に限定(深い部分だけにとどまる)
  • 局所的に終息(途中で消えてしまう)

といった、さまざまなパターンの
不完全CSD(attenuated CSD)
があることが分かっています。

こうした“弱いCSD”は、

  • 視覚や感覚の異常は引き起こさない
  • しかし皮質−硬膜−三叉神経血管系には影響を与える

という特徴を持ちます。

その結果、前兆が出ないまま、
三叉神経は刺激されて、
頭痛だけが発生する可能性があるのです。

さらに重要なのは、
CSDを経由せずに頭痛が始まる経路の存在です。

脳の画像研究では、
前兆の有無にかかわらず発作前から

  • 視床下部
  • 中脳水道周囲灰白質(PAG)
  • 青斑核

といった部位の活動変化が確認されています。

これらは、

  • 睡眠・覚醒
  • 食欲
  • ストレス
  • ホルモン周期

といった体のリズムを調整する中枢です。

このバランスが崩れると、
三叉神経は刺激に対して過敏な状態になり、

CSDを待たずに、頭痛が直接始まる
という流れが起こり得るのです 4,5,6)

従来、CSDは「all-or-none現象」
つまり“起こるか起こらないか”の現象
と考えられてきました。

しかし現在では、

  • 起こりかけて止まる
  • 一部だけ起こる
  • 弱く短く起こる

といった“連続的な現象”として捉えられています。

この視点に立つと、前兆のない片頭痛は

CSDが不完全な形で起きた、
あるいは症状として現れなかった状態

と理解することができます。

同じ人でも、

  • 前兆がある発作
  • 前兆がない発作

が混在することは珍しくありません。

これは前兆の有無が
「人のタイプ」ではなく、
その時々の脳の状態によって
変わることを示しています。

影響する要因としては、

  • 視床下部の活動
  • 皮質の興奮しやすさ
  • 三叉神経の感受性

などが複雑に関わっています。

ここまで見てきたように、
前兆の有無によって“入口”は異なります。

  • 前兆あり → 「見えるトリガー」としてCSDがはっきり現れる
  • 前兆なし → CSDが見えない、または別ルートで開始

しかし最終的に起こるのは共通しています。

それが、

三叉神経の過剰な興奮とCGRPの放出です1,2,4,5,6)

この視点に立つことで、
片頭痛を「CSD型/非CSD型」といった
前兆のあるなしで分断するのではなく、
ひとつの連続した現象として
理解することができるようになります。

ここまで見てきたように、
片頭痛は単一の原因で起こるものではありません。

CSDが見える形で現れることもあれば、
気づかれないまま進行することもある。

あるいは、皮質を介さずに、
より深い脳の変化から始まることもある。

つまり片頭痛は、
ひとつの決まった“始まり方”を持たない病気です。

それでもなお、こう感じる方もいらっしゃるでしょう。

「同じ生活をしているのに、なぜ今日は起きるのか」

その違いを生み出しているのは、
目に見えない“脳の状態の揺らぎ”です。

発作は、ある瞬間に突然始まるのではなく、
すでにその前から、静かに条件が積み重なっています。

では、その境界はどこにあるのか。
なぜ、ある日は越えず、ある日は越えてしまうのか。

次話では、
この見えない境界
「発作が成立する一線(閾値)」
という概念から、
その仕組みをひも解いていきます。

参考文献

  1. 日本神経学会,日本頭痛学会,日本神経治療学会.
    「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会 編.頭痛の診療ガイドライン 2021.東京:医学書院;2021.
  2. 日本頭痛学会.
    CGRP関連新規片頭痛治療薬ガイドライン(暫定版).日本頭痛学会;発行年不詳.
  3. 柴田護,菊井祥二,來村昌紀,志水太郎.
    かかりつけ医のための片頭痛診断および治療のフローチャート.診療と新薬.2025;62(1):1–17.
  4. Khan J, Asoom LIA, Sunni AA, Rafique N, Latif R, Saif SA, et al.
    Genetics, pathophysiology, diagnosis, treatment, management, and prevention of migraine. Biomed Pharmacother. 2021;139:111557.
  5. Goadsby PJ, Holland PR, Martins-Oliveira M, Hoffmann J, Schankin C, Akerman S.
    Pathophysiology of migraine: a phase-by-phase review. Cephalalgia. 2017;37(7):651–670.
  6. Charles A.
    The pathophysiology of migraine: implications for clinical management. Lancet Neurol. 2018;17(2):174–182.

シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第7話 前兆のない片頭痛はなぜ起こるのか 

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