片頭痛を知る 第7話
前兆のない片頭痛はなぜ起こるのか
“見えないCSD”と三叉神経の早期起動という視点
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

前兆のない片頭痛(migraine without aura)は、
片頭痛の中でも最も多くみられるタイプです。
しかしその仕組みを
「CSDが起きていない頭痛」
と単純に考えるのは、
現在では適切ではないとされています。
近年の神経生理学・画像研究から見えてきたのは、
前兆の有無はCSDの“有無”ではなく、
CSDの「起こる場所・規模・時間」の違い
による可能性です。

前兆は“CSDが見える場所”で
起きたときだけ現れる
私たちが前兆として自覚する症状は、主に
- 視覚野(光がチカチカする)
- 感覚野(しびれ)
- 言語関連領域(言葉が出にくい)
といった、
「症状として表れやすい領域」で
CSDが起きた場合に限られます。
一方で、
- 前頭前野
- 島皮質
- 辺縁系に近い領域
などで起きたCSDは、
症状として認識されないまま
進行する可能性があります。
実際、前兆の無い片頭痛でも
脳の活動性の変化や
低周波の広がりが報告されており、
「気づかれないCSD」
の存在が示唆されています。
つまり前兆のない片頭痛は、
CSDが起きていないのではなく、
“自覚されない形で起きている”
可能性がある
と考えられています。

“サイレントCSD”
という考え方
CSDは常に同じ強さ・広がりで
起こるわけではありません。
動物実験などでは、
CSDの振幅や持続時間、
皮質内に広がる範囲には連続性があり、
すべてが明確な神経症状を生むわけではない
ことが示されています。
人の場合でも
- 伝播距離が短い(小さく短く終わる)
- 深層皮質に限定(深い部分だけにとどまる)
- 局所的に終息(途中で消えてしまう)
といった、さまざまなパターンの
不完全CSD(attenuated CSD)
があることが分かっています。
こうした“弱いCSD”は、
- 視覚や感覚の異常は引き起こさない
- しかし皮質−硬膜−三叉神経血管系には影響を与える
という特徴を持ちます。
その結果、前兆が出ないまま、
三叉神経は刺激されて、
頭痛だけが発生する可能性があるのです。

CSDを介さずに始まる頭痛
三叉神経早期起動モデル
さらに重要なのは、
CSDを経由せずに頭痛が始まる経路の存在です。
脳の画像研究では、
前兆の有無にかかわらず発作前から
- 視床下部
- 中脳水道周囲灰白質(PAG)
- 青斑核
といった部位の活動変化が確認されています。
これらは、
- 睡眠・覚醒
- 食欲
- ストレス
- ホルモン周期
といった体のリズムを調整する中枢です。
このバランスが崩れると、
三叉神経は刺激に対して過敏な状態になり、
CSDを待たずに、頭痛が直接始まる
という流れが起こり得るのです。

CSDは「ある・ない」
で分けられない
従来、CSDは「all-or-none現象」
つまり“起こるか起こらないか”の現象
と考えられてきました。
しかし現在では、
- 起こりかけて止まる
- 一部だけ起こる
- 弱く短く起こる
といった“連続的な現象”として捉えられています。
この視点に立つと、前兆のない片頭痛は
CSDが不完全な形で起きた、
あるいは症状として現れなかった状態
と理解することができます。
前兆の有無は
「体質」ではなく「状態」
同じ人でも、
- 前兆がある発作
- 前兆がない発作
が混在することは珍しくありません。
これは前兆の有無が
「人のタイプ」ではなく、
その時々の脳の状態によって
変わることを示しています。
影響する要因としては、
- 視床下部の活動
- 皮質の興奮しやすさ
- 三叉神経の感受性
などが複雑に関わっています。
最終的に
起きていることは同じ
ここまで見てきたように、
前兆の有無によって“入口”は異なります。
- 前兆あり → 「見えるトリガー」としてCSDがはっきり現れる
- 前兆なし → CSDが見えない、または別ルートで開始
しかし最終的に起こるのは共通しています。
それが、
三叉神経の過剰な興奮とCGRPの放出です。
この視点に立つことで、
片頭痛を「CSD型/非CSD型」といった
前兆のあるなしで分断するのではなく、
ひとつの連続した現象として
理解することができるようになります。

ここまで見てきたように、
片頭痛は単一の原因で起こるものではありません。
CSDが見える形で現れることもあれば、
気づかれないまま進行することもある。
あるいは、皮質を介さずに、
より深い脳の変化から始まることもある。
つまり片頭痛は、
ひとつの決まった“始まり方”を持たない病気です。
それでもなお、こう感じる方もいらっしゃるでしょう。
「同じ生活をしているのに、なぜ今日は起きるのか」
その違いを生み出しているのは、
目に見えない“脳の状態の揺らぎ”です。
発作は、ある瞬間に突然始まるのではなく、
すでにその前から、静かに条件が積み重なっています。
では、その境界はどこにあるのか。
なぜ、ある日は越えず、ある日は越えてしまうのか。
次話では、
この見えない境界
「発作が成立する一線(閾値)」
という概念から、
その仕組みをひも解いていきます。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第7話 前兆のない片頭痛はなぜ起こるのか 完
