片頭痛を知る 第4話
光・音・匂い
がつらいのはなぜ?
感覚過敏のしくみを理解する
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)
「暗い部屋にいたくなる」
「聞き慣れた音が刺さるように感じる」
「普段は気にならない匂いで気分が悪くなる」
片頭痛では、痛みが始まる前後から、
光・音・匂いが強い不快感として感じられる
ことがあります。
これらは「気にしすぎ」や
「ストレスのせい」ではありません。
脳の中で起きている、
感覚の処理の変化
によるものなのです。

脳の「感覚フィルタ」がゆるむ
普段、私たちの脳は
大量の情報の中から必要なものだけを選び取っています。
この仕組みを
感覚フィルタリング(sensory gating)
といいます。
例えば、
- エアコンの音
- 周囲のざわめき
- 服が肌に触れる感触
などは、普段は意識しないように
自然と処理されています。
しかし片頭痛のときは、
このフィルターがうまく働かなくなります。
主に関係する部位は、
- 視床 →感覚入力の中継と強度調整
- 中脳水道周囲灰白質(PAG) →疼痛調節の中枢
- 延髄腹側吻側部(RVM) →抑制と促進の切り替え
- 扁桃体などの辺縁系 →情動ラベリング
視床下部の変調は、これらのネットワークのバランスを崩します。
その結果、
- 抑制が弱まり刺激がそのまま脳に入りやすくなり
- 「不快」として強く感じられ
- 痛みの回路にも影響する
状態になります。
つまり、
本来は気にならない刺激が
「つらいもの」に変わってしまうのです。

痛みの回路とつながってしまう
片頭痛の痛みは、
三叉神経(さんさしんけい)
という顔や頭の感覚を伝える神経
を中心としたネットワークで処理されています。
片頭痛のときは、
このネットワークが敏感な状態(中枢性感作)になります。
すると、
- 光(視覚)
- 音(聴覚)
- 匂い(嗅覚)
といった別の感覚の情報も、
痛みの回路と強く結びついてしまうのです。
その結果、
光・音・匂いが「刺激」ではなく
「痛みを強める要因」として感じられる
ようになります。

なぜ長く続くのか
前話で説明した前兆(aura)は、
皮質拡延性抑制(CSD:脳の表面をゆっくり進む波)
という一時的な現象で説明されます。
一方で、感覚過敏は
- 発作前から始まり
- 頭痛中も続き
- 場合によってはその後も残る
と、時間のスケールが大きく異なります。
これは、
CSDのような単発の一時的な現象ではなく
視床下部―視床―脳幹―辺縁系―皮質にまたがるネットワーク状態異常
と中枢性感作が背景にあることを示しています。
つまり、
脳全体のネットワークのバランスの変化
が関係しているためです。
大切なポイント
ここで重要なのは次の点です。
- 光や音がつらいのは「気にしすぎ」ではない
- 脳の状態として説明できる現象である
- 予防薬(CGRP関連薬を含む)は発作頻度だけでなくネットワーク過敏性を安定化させる可能性がある
- 環境を調整すること(暗くする・静かにする)は理にかなっている
片頭痛は、単なる「血管が拡張する病気」ではなく、
視床下部を発端とする
脳の感覚処理ネットワークの
不安定さによって起こる疾患
なのです。

まとめ
光や音、匂いがつらくなるのは、
👉 脳の「感覚フィルター」がゆるみ
👉 刺激がそのまま入り
👉 痛みの回路と結びついてしまうため
です。
これは我慢の問題ではなく、
脳の働きによるものです。
医療者にとっては、
片頭痛を血管拡張の疾患としてではなく、
視床下部を起点とする感覚ネットワーク障害
として理解することが、
羞明・聴覚過敏・嗅覚過敏を含めた
全体像の把握につながります。
患者さまにとっては、
この仕組みを知ることで、
- 自分を責めなくてよくなる
- 環境調整に納得できる
- 適切な治療につながる
といった大きなメリットがあります。
光や音、匂いに対する過敏さは、
単なる「つらい症状」ではありません。
それは、脳や神経が通常とは異なる状態に入り、
刺激に対して過剰に反応しているサインです。
では、なぜこのような状態が起こるのでしょうか。
なぜ本来問題のない光や音が、
これほどまでに強く感じられてしまうのでしょうか。
その背景には、
脳の表面で起きている特有の現象が関係しています。
次話では、
前兆の正体とも深く関わる
「皮質拡延性抑制(CSD)」に注目し、
脳の中で何が起きているのかを、
もう一段深く見ていきます。
シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第4話 光・音・匂いがつらいのはなぜ? 完
[← 第3話] [一覧] [第5話 →]
