片頭痛を知る 第3話
前兆(aura)を理解する
見える光やしびれは
脳からの警告サイン
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

片頭痛の前兆(aura)は、
多くの方にとってとても不思議で、
時に不安を感じさせる症状です。
視界にジグザグした光が現れたり、
視野の一部が欠けたり、
しびれがゆっくり移動したり、
言葉が出にくくなったりすることがあります。
これらは一見すると
脳の病気(脳血管障害など)を思わせますが、
実際には時間とともに自然に消え、
後遺症を残すこともありません。
このような
「ゆっくり進み、自然に消え、場所が移動する」
という特徴を説明する重要な考え方が、
皮質拡延性抑制(CSD:cortical spreading depression)
です。
前兆の特徴が示しているもの
前兆にはいくつか共通したパターンがあります。
- 症状が数分かけてゆっくり現れる
- ある場所から別の場所へ移動する
- 多くは5〜60分で消える
- 完全にもとに戻る
たとえば視覚の前兆では、
光のギザギザが視野の中心から外側へ広がっていきます。
しびれの場合は、
指先から腕、口元へと「這うように」移動していきます。
このような時間的・空間的な変化は、
血管の詰まりや出血といった
単純な異常では説明できません。

CSDとは何か
CSDとは、大脳の表面(皮質)で起こる
一時的な機能変化です。
神経細胞が一時的に強く興奮
(大脳皮質の神経細胞とグリア細胞が一過性に強く脱分極)
したあと、その活動が抑えられる状態が、
波のように周囲へ広がっていく現象です。
この波は、以下のような特徴を持っています。
- 約2〜5mm/分という非常にゆっくりした速度で進む
- 通過した場所の働きを一時的に低下させます
この「ゆっくりと進む波」が、
前兆がゆっくり移動して感じられる理由と一致しています。
症状は「脳の地図」をなぞっている
前兆の内容は、
CSDがどの場所を通るかによって変わります。
- 後頭葉(視覚をつかさどる部分)
→ 光が見える、視野が欠ける、歪んで見える - 感覚を感じる領域
→ しびれやチクチク感 - 言語をつかさどる領域
→ 言葉が出にくい、言葉を間違える
つまり前兆とは、
脳の機能の地図の上を
波(CSD)がなぞる様子を
私たちが症状として感じている状態
と考えることができます。

なぜそのタイミングで起こるのか
CSDは突然起こるように見えますが、
実際には「起こりやすい状態」が背景にあります。
その鍵を握るのが、
脳の深い部分にある視床下部です。
片頭痛の初期には、
この視床下部を含むネットワークの働きが
変化していると考えられています。
視床下部は、体のリズムや自律神経だけでなく、
脳全体の働き方にも影響を与える重要な場所です。
この変化によって、
- 眠気やだるさ
- 光や音への敏感さ
- 気分や集中力の変化
といった症状が現れるだけでなく、
脳の神経細胞が興奮しやすい状態(excitability)
になります。
CSDが起こりやすい脳の状態
脳がCSDを起こしやすいときは、
- 興奮と抑制のバランスが崩れている
- 少しの刺激で過剰に反応しやすい
といった状態です。
このとき脳の中(皮質)では、
- 興奮を高める物質(グルタミン酸)作動性入力が優位になる
- 抑える働き(GABA性抑制)が追いつかない
- 細胞の環境を整える力(イオン恒常性を回復する余力)が低下する
といった変化が起きています。

なぜ視覚の前兆が多いのか
前兆の中でも、視覚の異常が多いのには理由があります。
視覚を担当する後頭葉は、
- 神経の活動が活発
- エネルギー消費が多い
- 血流の調整に余裕が少ない
という特徴があり、もともと不安定になりやすい場所です。
このような領域で、
- 視床下部を含む上流中枢の調節変化
- 局所血流・代謝のわずかなアンバランス
が重なると、
皮質神経細胞へのグルタミン酸流入が閾値を超え、
CSDが起こりやすくなると考えられています。
CSDから「前兆」へ
皮質が不安定な状態では、
- NMDA受容体を介した過剰な脱分極
- カリウムイオンの細胞外蓄積
- 周囲ニューロンへの連鎖的影響
が生じやすくなります。
これが波のように皮質を伝播することで、
CSDとして表れます。
私たちはそれを
「前兆」として体験しているのです。
前兆は「異常」ではない
前兆は不安を感じやすい症状ですが、
脳が壊れているサインではありません。
一時的に脳の働き方が変わり、
その過程が症状として現れているだけです。
この理解は、
- 不安を和らげる
- 不必要な検査や心配を減らす
- その後に起こる頭痛への備えにつなげる
これらのために、とても大切です。

なんとなくのだるさや違和感、
あくびの増加、気分の変化…
こうした前駆症状は、一見すると曖昧で、
「体調が悪い気がする」
という程度にとどまることも少なくありません。
しかし実際には、この段階からすでに、
脳の中では発作に向けた変化が始まっています。
そしてその変化は、
やがてもう少しはっきりとした形で現れてきます。
いつもより光がまぶしく感じる
音がうるさく感じる
においが気になる
など…
それまで気にならなかった刺激が、
強く、そして不快に感じられるようになることがあります。
では、なぜこのような変化が起こるのでしょうか。
次章では、
片頭痛の特徴的な症状のひとつである
「光・音・匂いへの過敏さ」
に注目し、
脳や神経の状態がどのように変化しているのかを見ていきます。
シリーズ『片頭痛を知る』(全19話)
第3話 前兆(aura)を理解する 完
