片頭痛を知る 第17話
CGRP関連薬とトピナ®
新しい予防薬と現実の選択
【監修】氷室クリニック院長・氷室公秀(医学博士・神経内科専門医)

片頭痛治療の「新しい時代」へ
ここ数年、片頭痛の予防治療は
大きく変わり始めています。
その中心にあるのが、
CGRP関連薬の登場です。
CGRP(Calcitonin Gene-Related Peptide)は、
三叉神経から放出される神経ペプチドで、
- 血管拡張
- 神経炎症
- 痛みの伝達
など、片頭痛発作に深く関わっています4,6)。

つまり現在の片頭痛治療は、
「痛みが起きてから抑える」
だけではなく、
“発作が始まる仕組みそのもの”
に介入する時代へ移行しつつあるのです4,5,6)。
従来の予防薬が偶然見つかった
“経験的治療”だったのに対し、
CGRP関連薬は、
片頭痛の病態理解から生まれた
分子標的治療という点が大きな特徴です2,4,5,6)。
ただし、
一口にCGRP関連薬といっても、
実際には性質の異なる
2つのタイプがあります。
CGRP関連薬には
2つのタイプがある

①CGRP抗体薬
一つ目は、CGRPそのもの、
あるいはCGRP受容体
を標的にした抗体薬です2,4,6,7)。
代表的な薬には、
- エムガルティ®
- アジョビ®
- アイモビーグ®
などがあります。
これらは「抗体」という
きな分子を利用した薬で、
- 半減期が長い
- 月1回程度の投与で済む
- 標的への選択性が高い
といった特徴があります2,6,7,9)。
近年の片頭痛予防治療を大きく変えた
薬剤群と言えるでしょう。
② CGRP受容体遮断薬(ゲパント)
もう一つは、
小分子の受容体遮断薬(ゲパント) です。
こちらはCGRP受容体に直接結合し、
その働きを抑えます2,4,6,8)。
抗体薬と比較すると、
- 分子量が小さい
- 組織への分布が異なる
- 作用の持続性が異なる
といった特徴があります6,8,9)。
同じ「CGRPを抑える薬」でも、
体内での振る舞いはかなり異なっているのです。

抗体薬で問題になる「免疫原性」
抗体薬では、
免疫原性という問題も重要になります。
これは、体が薬を「異物」と認識し、
抗薬物抗体(ADA) を作ってしまう現象です。
その結果、
- 薬の効果が弱くなる
- 効果が持続しにくくなる
- アレルギー反応が起こる
可能性があります6,7,10,11)。
現在のCGRP抗体は、
できるだけ免疫反応が起こりにくい
完全ヒト型抗体に近づけて
設計されています6,7,10)。
ただ、理論上はそうであっても、
実際の臨床では薬ごとに差がみられます。
たとえば、
アジョビ®は比較的アレルギー報告が少ない
という印象を持つ医療者もいます。
(※著者および周囲の臨床経験に基づく所感を含みます)
このように、
「理論」と「実際の臨床経験」が
必ずしも一致しない点も、
抗体薬の興味深いところです。

なぜCGRP関連薬で
便秘が起きるのか
CGRP関連薬で
比較的よく知られている副作用が、
「便秘」です。
これは、CGRP受容体が
- 三叉神経系
- 血管
- 消化管
など、全身のさまざまな組織に
存在しているためと考えられています。
特に腸管では、
CGRPは腸の運動調節に関わっています4,6,10,11)。
そのため、
CGRPの働きを抑えることで
腸の動きが低下し、
便秘につながる可能性があります6,10,11)。
つまり、
片頭痛だけを狙っているつもりでも、
CGRPはもともと全身で働いているため、
“別の場所の機能”にも影響が及ぶわけです。

抗体薬と遮断薬で
副作用は違うのか
興味深いことに、
CGRP抗体薬と受容体遮断薬では、
副作用の出方に少し違いがある
と報告されています。
たとえば便秘は、
- 受容体抗体では比較的多い
- 小分子の受容体遮断薬では比較的少ない
という傾向があります6,8,9,11)。
ただ、その理由はまだ
十分には分かっていません。
一つの考え方として、
消化管という組織の特殊性が
関係している可能性があります。
消化管は、
- 食物
- 消化液
- 細菌叢
などに常にさらされており、
一般に細胞やタンパクの
代謝回転が速い組織です。
もし受容体環境も
比較的早く更新されているのであれば、
小分子薬は結合しても作用が持続しにくく、
結果として便秘が起きにくい
という解釈も理論上は考えられます。
(※現時点の文献と著者の仮説的な整理に基づく説明です)
もちろん、
これは現時点では仮説の段階です。
しかし、副作用の違いを考えるうえでは
興味深い視点と言えるでしょう。
トピナ®という
「もう一つの予防戦略」
ここで、
もう一つ重要な予防薬があります。
それが、トピナ®(トピラマート) です。
トピナは、
- ナトリウムチャネル
- カルシウムチャネル
- GABA系
- グルタミン酸系
- CSD(皮質拡延性脱分極)
など、複数の経路に作用します4,9,12,13)。
つまり、
CGRP関連薬が
“ピンポイントで狙う薬”
だとすれば、
トピナは
“複数の発作経路を広く抑える薬”
とも言えます。
作用機序の考え方そのものが異なるのです4,5,9,12,13)。

治療効果だけでは決められない
医療の現実
もう一つ、実臨床では
非常に重要な問題があります。
それは、薬の価格です。
CGRP抗体薬は非常に優れた薬ですが、
決して安価ではありません。
一方で、
トピナ®は古くから使われている薬で、
比較的低コストです1,2,3,5,6,9,13)。
そのため実際の診療では、
- 発作頻度
- 副作用
- 併存疾患
- 生活背景
- 費用負担
などを総合的に考えながら、
- CGRP関連薬を選ぶのか
- 従来の予防薬を選ぶのか
を判断していく必要があります。
「最先端の薬=すべての人に最適」
とは限らないのです1,3,5,6,10)。

まとめ
CGRP関連薬の登場によって、
片頭痛治療は新しい時代に入りました。
しかし同時に、
- 副作用
- 免疫原性
- 医療コスト
など、さまざまな現実的課題も見えてきています。
新しい薬には新しい強みがあります。
一方で、従来薬にも長年使われてきた
実績や価値があります。
大切なのは、
「どの薬が一番優れているか」
ではなく、
“その人にとって最も合う治療は何か”
を考えることなのです1,2,4,5,6,9,13)。
参考文献
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シリーズ『片頭痛を知る』 (全19話)
第17話 CGRP関連薬とトピナ 完
